i saw this man on the Metro this past Monday, and asked him who the flowers were for. They were for his wife. They’ve been married for 47 years. Every Monday, he brings her home flowers after work. My heart died at that moment.
:’) This is love
NHKで沖縄ブームの立役者となった「ちゅらさん」というドラマがあったが、その中で沖縄と東京を対比して描くエピソードがあった。沖縄から出てきたヒロインの友人が、東京は冷たいところだ、嫌なところだ、沖縄に帰りたいと愚痴る。それに対して東京人の菅野美穂のキャラが激怒していう
「私は、東京生まれの東京育ちなの。私も思うよ。東京って嫌なところがあるって。でもね。東京を嫌な街にしたのは、あんたのような人達よ。東京に暮らしていながら東京を好きになろうとしない。愛そうとしない。どうせいつかは出ていくんだ。それまで我慢してるだけだ。そんな人達ばかりの街が、いい街になるわけがない
…東京に対して失礼よ。そんなに沖縄がいいのなら帰ればいい。帰って東京の悪口言ってればいいでしょ。あそこは、人の住む町じゃないとか何とか言ってりゃいい。でも私は、そうは思わない。ここは人が暮らしてる町だよ」自分はこの脚本を書いた岡田氏は、健全な認識を持っていたと思う。田舎者よ。そういう自分は東京で何をした? 東京のためになにをした? 東京のせいなのか? すべて自分じゃないのか?
共同体を愛していない人間が共同体の一員になるのは不幸なことだ。共同体のためにもならないし、個人のためにもならない。東京だけに限らない。市町村だろうと都道府県だろうと。国だってそうだろう
SuperMTec
今、スタートアップってお笑いのブームみたいに目指す人も増えているし、環境も整ってきています。
自分でも羨ましいなーと思う時もあれば、そう考えている自分もそのような挑戦者の一人になることも自分の心がけ次第だったりします。
一方で、端からみていて、このサービスは続けている意味があるのだろうかと感じたり、いいサービスであってもそれに取り組んでいる人がそこまで苦労して続けていることに意味があるのかと疑問をもったり、VCから出資を受けたとニュースになっているスタートアップでもその金額じゃメンバーの年収にも届かないんじゃないの?ということに疑問を感じたり。
はたまた世間的に有名なベンチャーでもFounderや役員以外の人は幸せなのだろうか?と感じることも。
うん、まあみんなわかっているだろうけれど(笑)。
| — | はてな近藤社長登場のStartup Workshopに参加して、その後一週間スタートアップについてあらためて考えた | イベント | 世界を巡るFool on the web | あすなろBLOG |
彼女が、なでしこのキャプテンとして招かれ、「バロンドールの澤」として遇される場面は、必ずしも良心的でポジティブな機会だけではない。ある時は、バラエティーの添え物として冷遇され、別の場面では賞イベントの集客フックとして利用され、さらにひどい場合には政治家の集票活動の広告看板として駆り出されることすらある。
が、そうした心貧しいオファーも含めて、すべてを受け入れることが、今の時期の女子サッカーには必要な試練なのだということを、彼女は、去年の夏、ワールドカップを手にした折に、覚悟したわけだ。
だからこそ、「出すぎ」だと言われるリスクを顧みず、「天狗になっている」という批判を甘んじて受けながら、彼女は、メディアの期待する役割を演じ、クライアントが喜ぶ姿で画面に登場することを選んでいる。
見事というほかにない。
このほとんど軽薄と呼ぶにふさわしいほどの付き合いの良さは、キング・カズに通じる。
カズも、オファーを断らない人だ。
おバカなバラエティーや、宣伝丸出しのイベントや、もしかしたらあやしい人がかかわっているかもしれない企画にも、カズは気軽に顔を出す。そして、登場する時には、お辞儀をしながらマイクに鼻をブツけるみたいな、ベタなボケをカマす。素晴らしいタレントだ。
両者に共通しているのは、選手である前に「先駆者」だということだ。
| — | 【小田嶋隆】澤穂希が駆け抜ける「先駆者」という野蛮な道|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva|小田嶋隆 「二次観戦者の帰還 〜キス・ユア・アスリート」 (via toronei) |
例えば、自分が興味のない趣味、個人的にはパチンコであったりバイクであったりタバコであったり。そういうものに対する情報って、基本「悪い情報」の方が多く入る。だからこそ余計に「自分が理解できない趣味=悪」 に仕立て上げやすい。
例えば、私は以前はAKB48にまったく関心がありませんでした。むしろCDを無理やり買わせる商法とか、TV局のゴリ押しプロモーションなど、メンバーの名前を誰一人言えない程度の知識の癖になんとなく嫌悪し、忌み嫌っていました。
しかし、今、週刊少年マガジンで連載しているマンガ「AKB49~恋愛禁止条例~」を読み、これがマンガとして熱い!面白い!そうすると、現実の彼女たちを見る視線も自然と好意的なものとなり、TVや雑誌などで活躍している姿に「がんばれー」と応援したくなるような。
これって自分が秋元康に騙されている、とは思わないんです。むしろ、知識がまったくない状態で悪評ばかり先に耳にしている状況の方が、世間の風評に騙されている、とは思わないか?そして、そのマンガのおかげで現実の彼女たちがあの場所(ステージ)に立つための努力とか、熱意ってのはマンガとしての誇張はあれど、楽をして上り詰めたものではないと。
世の中の趣味は市場として成り立っている理由は「それを深く知っている人」が楽しんでいるから。だからこそ、安易に知らない人間が世間の風評で悪い情報だけを集め、第3者的立場と称して語るのは「何も知らない」のと同じで。
自分だって、ゲームを遊ばない人間やマンガやアニメを見ない人間に「あんなものはくだらない」と言われたくない。それと同じことを他の趣味にしてはいないか?そう常に思ってます。




