営業の美学」は自分のエゴを捨てることだろう。

「エンジニアの美学」は他人への甘えを捨てることだろう。

ある意味、逆だ。

営業文化では 「なりふりかまわない」 という美学を学ばされる。

このへんは、体育会系の文化でも良く行わされるが。

まず、「自分=エゴ」を捨てる。そこから全てが始まる。

世界に自分を溶かし込む「アレア」の戦い。

エンジニア文化では「甘えを捨てる」というのが人生の目標になる。

むやみに他人を頼るエンジニアは軽蔑される。

「自分以外に頼るものの無い世界」で生きていく覚悟がいる。

世界と自分を切り離す「アゴン」の戦い。

営業はエンジニアの戦いを「エゴ」と見る。

エンジニアは営業の戦いを「甘え」と見る。

・・・まあ、どちらも戦いなんだが。

自分が捨てたものを武器にした人間を、正しく評価するのは、たぶん難しい。

ryusoul
報告者はもう打てるだけの手を全部打ち尽くしてる。
母親だけが親じゃないんだから、父親が息子のフォローすればよい。
息子もすぐ小学校にあがるだろうから、そしたら働きにでも出れば?
母親の主担当は娘、父親は息子。
これでいいじゃない。
なぜ住人は父親が息子に対してフォローを行っているかどうか聞かないのか?
状況が悪化すれば、普段は夫婦で分業してても、父親が育児をやるのが
あたりまえじゃないのか?
wiwam
F:フェイス(顔)がゆがんでいる
A:アーム(腕)に力が入らず下がってくる
S:スピーチ(言葉)のろれつが回らない
T:タイム(ただちに)救急車を呼ぼう
motomocomo

最近、私は、祖母が病院でどのように過ごしているか知りたくて、病院で1日過ごしてみた。生まれたばかりの赤ちゃんのように無防備に布団の下でくるまってベッドに横たわっている祖母は、顔やのどにしわが少なく、96歳とは思えない顔つきをしている。褥瘡(じょくそう)を防ぐために1、2時間に一度、介護士が祖母の体を反転させる。1日に摂取する栄養が600キロカロリーのため、ふくよかな体は年を取るとともにしぼみ、今は43キロくらいに小さくなってしまった。

「ありがとう」

3人部屋の病室には、83歳と88歳の女性も入院している。83歳の女性は相手なしに歌を歌い、話をし、88歳の女性は、ほとんどものを言わず、ベッドに横たわっている。88歳の女性は、鼻に挿入された栄養チューブや点滴の管を引っ張り抜かないように綿の手袋をさせられ、そのひもがベッドの縁に縛り付けてある。

病院の廊下では、薄暗い蛍光灯の中で看護師、介護士の女性たちがおむつや、お茶、薬を用意し、歩き回っている。病院内には汗や汚物のにおいが漂っている。祖母のおむつは、数時間に一度交換され、食事前にははさみのようなものでスポンジをはさみ、軽く口腔ケアが施される。

毎週月曜にお風呂に入れてもらい、木曜は体を濡れたタオルで拭いてもらっているそうだ。手は閉じて硬直していて、開いて握ろうとしてもなかなか開かない。コットンで目やにを拭くから目をつむってねと私が声をかけると祖母は「ありがとう」と言ってくれた。

その日、病院に祖母の洗濯物を取りに来た叔母と祖母の昔話をすると、祖母の顔に笑顔が見えた。声を出したが、「ちえこちゃん」という名前以外理解できなかった。ちえことは6年前に亡くなった祖母の一番下の妹の名前だ。

祖母の願い

毎日3回、午前9時、午後1時、午後4時半にボトルに入った160ミリリットルの白い液体栄養液が管を通して祖母の胃に直接投入される。その時、祖母は空っぽの口で何かを食べているかのように咀嚼を始める。ほとんどの場合口で息をしているので、絶え間なく口内が乾いている。水分を含んだ綿棒を口の中に入れてあげると吸いついて離さない。

祖母はよく100歳まで生きると言っていた。家族や親せきが仲良く幸せに生活できるようにと気を配り、自分の健康のためにと一口30回の咀嚼を怠らなかった祖母。そののどにはこの7カ月、食べ物が通っていない。そしてこれからも通ることはない。